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みやめも2.0

思考のメモ書き

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安保法案・総まとめ

※2015/09/23に書いた引っ越し前の記事です


こんにちは。今回は「安保法案を巡る論理関係の整理」をテーマに、全体のおさらいをするような記事を書くことにしました。結構長いですがそのぶん気合も入っているので、どうかお付き合いください。。

☆☆☆

ご存じの通り、野党やデモ隊の抵抗むなしく安保法案は既に採決されてしまいました。
…では、これで安保法案の話は終わりでしょうか?いいえ違います。むしろ大事なのはこれからですよね。
これまで戦争法案だなんだと騒がれていましたが、僕に言わせればこれはジワジワやばい系の問題なので、すぐにその危険性が露呈するようなことはたぶん起こらないでしょうし、きっとしばらくはいつものような平穏な日々が訪れると思います。恐らくメディアも安保法案を取り扱うことはほとんど無くなるでしょう。しかし、こんな大きな出来事をここで「終わったもの」としてしまうのは非常に勿体ないことです。もともと自治マインドが致命的に欠落していた日本人にとって、今回のことは民主主義や立憲主義を考える上で非常に良い教科書になります。悪政を天災のごとく捉えるのもこれまた日本人の悪い癖ですから、安保法案の採決を去った嵐と捉えることなく、是非とも今一度おさらいをし、まずは次の選挙に望む上での心構えとしてはいかがでしょうか。もちろん僕自身もまだまだ勉強中のつもりでいますので、ご指摘等あればしていただけると助かります。

☆☆☆


~安保法案の問題点~



大きくまとめると主に以下の3点になります。

  1. 法的安定性の問題(違憲の疑い)
  2. 行政権限を法理上無制限に拡大できる「存立危機事態」の存在
  3. 安全保障として弱い


これらを順に説明していきます。一応①の説明だけでも賛成派を「詰み」に近い状態に追い込むことは可能なため、②③は「百歩譲って合憲だった場合」の話になるのですが、より深く理解するために必要なので併せて言及します。

①法的安定性について

安保法案が違憲である、という話は今年6月の憲法審査会で自民党推薦の長谷部恭男氏を含む参考人憲法学者全員が「違憲だ」と述べたことから火が付きましたね。全員一致というわかりやすさに加え、オウンゴールのような展開にはメディアも食いつきます。安保法案への疑念が一気に浸透しました。
またその後複数のメディアがもっと多くの憲法学者にアンケート調査をしましたが、ほとんどの学者が違憲と答えています。これもよく知られていますね。そしてさらに元内閣法制局長官に加え、最高裁判所の元長官(!)まで「違憲だ」とコメントしているんです。もちろん最終的に判断するのは違憲訴訟を起こされたときの最高裁ですが、これらを一私人の発言だと切り捨てるのはいかがなものかと思います。それに日本には憲法裁判所がありませんから、「可決されてから最高裁に判断させればいい」なんて考えはあまりふさわしくありません。 

さて、しかしながら「学者の大多数が言っているから」というのはそれ自体は根拠ではありませんよね。まぁ「学者が言っているからというのは根拠にならないから違憲かどうかもわからない!」と言う人はそれを言う前になんで違憲と言っているのか内容まで調べるのが普通なんですが…せっかくのびのびとブログにまとめているので今回は僕の方から歩み寄るとしましょう。。


ではまず、憲法9条を見てみます。

第九条   日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
○2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

順番に考える上で最初の前提になります。まず9条によって武力の放棄を約束していますね。つまり個別的、集団的自衛権ともに放棄している状態からスタートするわけです。

しかし、次に前文の一部と

(前略)
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。
(後略) 


13条を確認してみると

十三条   すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。


ざっくりいえば「最低限国民を守る責任がある」と書いてあるわけです。
そこで、個別的自衛権は認めようという話に解釈されるんですね。
しかしこの理屈、「親密な関係にある他国を守る」という集団的自衛権にまで及ぶものでしょうか?
…それは無理がありますよね。憲法はネガティブリストというよりポジティブリスト、つまり「禁止されていないことはしていい」というものではなくて「書いてあること以外しちゃいけない」という性質のものです。それを踏まえて考えれば答えは明らかでしょう。
また、個別的自衛権の「自国が攻撃を受けた際に発動」という基準は明確で客観的に判断しうるものであるのに対し、集団的自衛権は解釈によって相対的に変化する基準が多すぎます。これについては存立危機事態の問題点と直結するので後ほど説明します。

ここまでが安保法案を「違憲」だとする論理でした。
では次に「合憲」だとする学者(と政府)の言い分を検討しましょう。

主な言い分はこうです。

集団的自衛権砂川事件判決最高裁に認められている
・そもそも自衛権は個別的、集団的ともに国際法ですべての国家に認められている
・存立が脅かされている事態での集団的自衛権の発動は自国民を守ることとイコールである

まず一つ目、砂川事件判決を根拠とすることについて。
砂川判決というワードは学者の主張のみならず政府の説明にも頻繁に出てきましたから、これが根拠とされていることには心当たりのある人も多いのではないでしょうか。結論から言いますが、この判決は全く根拠になっていません。これはそもそも米軍基地の駐留を認めた判決であり、集団的自衛権を認めるものではありません。たしかに判決文には「自衛権」というフレーズが出てきますが、文脈を考えれば集団的自衛権についてはむしろ合憲性から遠ざけています。今回の法案を巡ってはこういう「それっぽいことを言っているが中身はデタラメ」という箇所が要所要所で登場しますが、国民をナメているというのはこういう部分なんですね。

そして二つ目、集団的自衛権国際法で認められている固有の権利だ!という主張について。
日本は国際法で認められている権利を憲法で縛っています、以上。これ以外言うことはありません。仮にも学者がこんなことを言うんだからお笑いです。まぁ実際のところこの主張は砂川事件判決とのコンボみたいなものなんでしょうが、上で述べたように 砂川判決自体が根拠として否定されているので意味がありません。

最後に三つ目です。
「存立が脅かされている事態」というのは、存立危機事態のことです。ですからこれも存立危機事態が問題である理由をそのまま共有することになります。なのでまたまた詳しいことは後ほどということになりますが、敢えて一言でいうなら「具体的な例が一つもないからダメ」。「確かにあなたのいう条件なら集団的自衛権を認める理屈に一定の筋が通ることになるが、そもそもそんな条件が見つからない」ということです。

以上、「合憲だ」という主な主張に対する反論です。


さて、それぞれの立場の論理を整理することができました。
ここまで具体的に言えば流石に「過剰に騒いでいるだけ」と一蹴されることは無いと信じたいですね。。
では改めて言いましょう、安保法案は違憲です


違憲だと何がまずいのか
違憲だからってなにがいけないの?」って質問、冷静に考えたら結構ヤバイですが、とはいえ「ダメだからダメ」というのは良くないですね。だから説明します。法的安定性が失われるからダメなんです!
…しかし馴染みのない人にとっては「法的安定性」という言葉自体ピンとこないですよね。ですからこちらについても簡単に説明しましょう。

ほうてき-あんていせい【法的安定性】
法律の制定・改廃や適用が安定的に行われ、どのような行動にどのような法的効果が結びつくか予見可能な状態 (出典:デジタル大辞泉


要するに「一度定まった憲法や法律の解釈は簡単に変えてはならないという原則」のことで、法的安定性が失われるとはつまり「定めた憲法や法律の意味がその場その場でコロコロ変わることを許している状態」になることにほかならず、こうなってしまえばもはや憲法や法律の重みや価値がなくなり、ルールとして機能しなくなります。これは由々しき事態です。それこそ国の存立を脅かすほどに…

◎「違憲かもしれないけれど、安保法案の政策パッケージには賛成だ」という方へ
ネットなんかを見ていると、違憲の可能性をハッキリと否定しないまま「この法案は必要なんだ!だからなんとしても通すべきなんだ」と考えている人に少なからず遭遇します。まぁこの法案はこれから言う②③の理由で政策単体で見ても酷いんですが、とにかくそういう人へのメッセージです。よく聞いてください。政策に賛成でも、今回のように真っ当なプロセスを踏んでいない場合は反対すべきです。なぜなら「せっかく法律を通しても今後政権が変わればまた簡単に変更されてしまうことになるから」です。リベラルな党が政権を取れば元に戻るどころか真逆に振れるかもしれません。法的安定性が失われるとはそういうことです。本当に必要だと思うのなら、改憲手続きに進まなかったことを厳しく批判するべきでしょう。

改憲していたら間に合わない!中国の脅威が!
これを言う人も結構いるんですよね…まず「中国が攻めてくる」という緊急の事態にはどのみち個別的自衛権で対処することになりますから、今回の安保法案は関係ありません。また中国とアメリカはかつての米ソ関係とは違い経済を中心に相互依存関係にあるので、武力衝突をする可能性は著しく低いと言えます。



行政権限を法理上無制限に拡大できる「存立危機事態」の存在

お待たせしました。後ほど…後ほど…と散々焦らした「存立危機事態」のお話です。
ではまずそもそも「存立危機事態」とはなんであるのか、というところから説明しましょう。

日本ではもともと自衛隊の活動について、「○○事態」という基準を法律に設けることで脅威度等を段階に分けており、それによって客観的な判断で自衛隊を動かすことを可能にしていました。
そして今回の安保関連法案はそこに新たな基準をいくつか追加します。そのうちの一つが「存立危機事態」なんですね。ではその自衛隊の行動基準について、わかりやすいように表をつくってみたのでまずご覧ください。(オレンジ色の背景になっている部分が新たに追加されたものです。)

自衛隊の行動基準
これを見てわかるように、存立危機事態は武力攻撃も可能とする条件なんですね。
しかし「どんなケースであるか」という欄が「???」になっています。いや、まぁこの表は僕の手作りなんですが、決して悪意からこうしたわけではありません(笑)具体例が本当に一つもないのです。首相をはじめ自民党関係者はただ一つだけ「ホルムズ海峡の機雷掃海」という例を挙げていましたが、それもつい先日首相自ら取り消されました。じゃあどうやって判断するんだよ?という話ですよね。武力攻撃もできてしまうほどのものなのに、その条件が謎に包まれているなんていくらなんでも怖すぎます。…ということで、これまで野党の議員や記者が同じ質問をしています。すると毎回、「武力行使の新3要件に基づいて判断をする」と返ってくるんですね。なるほど、ではその武力行使の新3要件を見てみるとしましょう。


・わが国に対する武力攻撃が発生したこと、またはわが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること
・これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
・必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
(出典:防衛省HP) 


実に「それっぽい」ことが書いてありますね。しかしこういうもの看過してはいけませんよ…ということで一つずつ確認していきましょう。いいですか、ここで求められるのは「客観的に判断が可能であるか」つまり「誰が見ても同じ結論が導かれるか」ということです。


まず一つ目の要件から。
>わが国に対する武力攻撃が発生したこと…
コレは武力攻撃発生事態にあたります。「攻撃されているかどうか」は見れば誰の目にも明らかなことですよね。よって客観的に判断可能です。
問題はここからです。
>わが国と密接な関係にある他国…
密接な関係って、なにをもって「密接」とするんでしょうか?仲が良いということなのか、経済的なことなのか…たとえば中国とは仲は悪いかもしれませんが、経済などでは密接な関係にありますよね。誰もが同じ答えを出すとは思えません。
>わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険…
これが存立危機事態のことですね。しかし結局抽象的すぎます。「他国が攻撃されていることで、日本人の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆されるケース」ってなんですかね(笑)ちゃんと納得できる「明白な」例を出していただきたいものですが、既に述べたように一つも挙げられないですからね。無茶苦茶です。

そして二つ目。
>他に適当な手段がないこと
いかにもなことが書いてあるように見えますが、どの程度で「他に手段がない」とするのか、判断するのは政府です。つまり政府が「やれるだけはやった」と言ってしまえばそれでこの条件はクリアされてしまうわけです。絶対的な基準とは言えません。

最後に三つめ。
>必要最小限度
これも「必」「最」「限」とかあるので字面的にはいかにも絶対的な感じがしますが、結局は二つ目と同じことですね。「必要最小限度」についての具体的な基準が無い以上、相対的なものになります。



と、このように「武力行使の新3要件」とは曖昧で抽象的で、政府が「こう導きたい」と決めてしまえばそれに合わせていかようにも解釈できるんですよ。
つまり、
「存立危機事態の基準がわからない」と言われて用意した基準がこれまたわからない
という何ともふざけた実態になっているんですね。基準が定まっていない法律を通すというのはとんでもなく危険なことで、白紙委任状を渡すことに等しい行為であるといえます。

要するに「存立危機事態」ってのは、「アレ」っていってるのと同じことなんですよ(笑)で、「武力行使の新3要件」も同じように定義が曖昧なので「コレ」とか言ってるのと同じです(笑)
つまり「自衛隊に武力攻撃をさせたい」と思ったら、「あ~これはアレだわ」「アレだからしょうがないな」でできちゃうワケです。で、「アレってなんだよ」って聞いたら「アレはコレだよ」って返されて、「コレってなんだよ」って聞いたら「総合的に判断する(原文ママ)」ですからね…なんてこった。。。



では、そんな無限の可能性を持った存立危機事態でなにをするのかということですが…
たとえばデモなんかでは「戦争したがる総理はやめろー!」とか言われたりしていますが、安倍首相がもしも本当に戦争したいと思っていたとしたらとんでもないことですよね。なんせ武力攻撃をいつでも許可できるんですから。しかし流石の安倍晋三といえども戦争大好きな狂人というわけではないでしょう。それに、安倍首相はこの存立危機事態が法理上は武力攻撃し放題だということを指摘された際には毎回「われわれはそのようなことを想定していない(やらない)」という言い訳をしているんですね。この言い訳は「法理上可能」ということに対しての反論としては全くトンチンカンなものですが、これによって少なくとも現安倍内閣では言質を取られ過ぎているので乱暴な使い方はできないでしょう。
じゃあこの法案のヤバさが真価を発揮するのはどこなのか?後の内閣…という考えもありますが、やはりなんといっても行政官僚の権益の拡大という土俵でしょう。しかもこれ、行政官僚が自分のやりたいことをやるならまだ感情としては怒りぐらいですが、結局はアメリカの言うこと聞き放題、ケツを舐め放題といった使い方しかされないもんだから情けなさも加わってなんとも悲しくなりますね…「アーミテージ・ナイレポート」というものを調べていただければ、いかに今回の安保法案がケツ舐め放題のために作られたかよくわかります。。



③安全保障として弱い

さぁこれで最後…というところなんですが、よく考えたら以前に記事を書いてたことを思い出しました。
ということで過去の記事、

m1y4.hatenablog.com

をご覧ください。
安保関連で最初に書いたものなので拙い部分が目立つかもしれませんが、ここに書き直すと記事が肥大してしまう上、あまりにも二度手間になってしまうのでご勘弁願います。。




さてさて、ここまで読んでいただきありがとうございました。
僕は反対派として記事を書いていますが、今回は特にアイデオロジカルな論だと思われないようにないように気を使いました。引用が多くなったのもそのためで、また引用先も防衛省など公式のものを持ってくるように心がけています。賛成派のひと、読んでくれてるかなー(笑)


それではまた。



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